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2008年11月25日 (火)

食糧自給?

日本の食糧の自給率は40%程度に過ぎないということで、政府もその向上に躍起になっています。それは正しいことでしょう。ただ、そのやり方が正しいかとなると大いに疑問です。

農業を保護することで食糧自給率を高めることができるというのは妄想です。もちろん、国民が今よりも遥かに高い食糧代を払う気があるのであれば別問題です。すでに、小麦には200%を超える関税をかけて小麦農家を保護していますが自給率は12%です。米は800%程度の関税をかけて自給率100%どころか余っているようです。つまり、農業を保護し(正しくは、農家を保護し、というべきでしょう)国民に高い食料を食べさせる気があれば自給率はドンドン上がります(小麦に関する限り、それでも12%に過ぎないということは、保護不足ということになりますが、これ以上の保護、つまり、国民負担はこらえて欲しいと思います。おそらく、徐々に自由化していくと逆に自給率が上がるのではないかと思います)。

保護をさらに強化すれば、全耕作面積の10%は耕作放棄地ですから、これも活用できます。しかし、国民のエンゲル係数(所得に占める食料費)は格段に上がり、従って、生活水準は格段に下がるでしょう。

農業を自立させながら、したがって、国民負担をできるだけあげない形で自給率をあげるためには農業に競争力をつける他はありません。保護が外された農業は自ら努力し競争力を付けてきています。何もしなくても税金が生活の面倒を見てくれるような産業が国民生活に貢献することはあり得ません。我々から税金という形で所得を奪い、それを農家にばら撒いているに過ぎません。もちろん、票が狙いです。

「米だけは100%自給するべき。食糧安保だ」という声が大きいです。そのことと800%近い関税をかけて国民に高い米を食べさせて良いのか、ということとは別の問題でしょう。海外に旅行して日本食を食べると殆どがカリフォルニア米です。美味しいでしょう? 本当に美味しいのです。しかも、安いのです。関税をかけないで、とは言わぬまでも、大幅に関税を下げても日本米の方が安くて美味しいという状態が普通の状態ではないでしょうか。そうあるべきではないでしょうか。

それでも米だけは別だ、という声も多くあります。ところで、原油は99.9%輸入です。国内で原油を0.1%生産しているのであるから、この業者を保護するために原油輸入に数百%の関税を掛けようではないか、という声は聞かれません(当たり前ですが)。何を言いたいかというと、皆さんはどうやって米を炊いていますかということです。電気炊飯器でしょう。原油の備蓄は90日程度です。安保という話をするのであれば、原油の安保の方が遥かに重要ですが、どうしたわけか米が対象とされています。有事の際は、電気は91日目には止まります。どうやって米を炊くのですか?

原油が間違いなく輸入できるように世界各国との友好を深め、かつ、原油代金の支払いに必要なドルを稼ぐことの方がもっと重要ではないでしょうか。国の防衛が確保されて、その後に食糧安保を考えるべきでしょうが、どうしたわけか食糧安保を叫ぶ方には国の防衛力強化には反対の人が多いようです。

農業の保護が不要だと言いたいわけではありません。ただ、競争力を付けるための政策が行われるべきであり、税金のバラ撒きで票を買うような政策は止めるべきではないか、ということです。「農業はつらい仕事だから誰もやりたくないにも係わらずやってくれている人を保護するのは当然である」という声もあるでしょう。しかし、新聞・テレビ等で報道されるものを見ると、農業をやりたい人は数多くいるようです。国の土地政策等がそれを阻んでいるようです。自由に参入できる環境を作った上で、農業保護のために許される国民負担率に関し合意を形成して行けば良いのではないかと思うわけです。

(2008.11.25)

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2008年11月22日 (土)

自由経済は嫌いですか?

現在の金融危機は100年に1度と言われる未曾有(みぞうゆう、と読んだ偉い人がいました)の危機です。これは間違いなく自由経済がもたらした結末です。現在の自由経済圏と言われる各国が社会主義(共産主義、と言っても同じです)体制であれば、起きていない事態であることは間違いないでしょう。「だから、規制が必要なのだ」という意見が大勢です。規制、規制の行き着く先は社会主義経済です。規制を作る人、つまり、官僚が支配する社会になります。おそらく、サブプライム問題のようなことは起きなくなるでしょう。

社会主義体制下では犯罪は激減し、治安は良くなります。貧富の差は小さくなります。景気変動も小さくなります。自由経済体制下ではその逆です。社会主義の方がやっぱり良いですか?

犯罪が減る理由は、正当な手続きもなく逮捕し投獄し、時には殺すからです。強制収用所に送られることも多々あります。自由経済体制下においては、正当な選挙で選ばれた議会が作った法律に基づき、「無罪の推定」を基本に正当な裁判が行われますから、こそ泥程度で強制収用所に行く心配はありません。なんと、飲酒運転ひき逃げで人を殺しても死刑になる心配はありません。東欧が社会主義体制下であった頃に東欧を巡り、最後の訪問の東欧の都市からパリに向かう際に添乗員から「皆さん、スリや置き引きに万全の注意をして下さい。これから自由経済圏に向かうのですから」と言われたことがあります。治安が良いことは事実です。恐怖政治によって治安が維持されていました。

貧富の差が小さくなるのは全員が貧しくなるからです。例外があります。党官僚です。一般庶民に対する搾取の上に胡坐をかいて、贅沢な生活をおくります。しかし、その生活水準は自由経済体制下の先進国の一般庶民の生活水準程度です。そんなことがなぜ許されるのか、と言えば、法律は彼らが作り、彼らがそれを施行し、彼らがそれを裁くからです。つまり、やりたい放題です。景気は年から年中悪いですから大きく変動することはありません。しかし、党官僚を除いた国民の生活における平等の度合いは自由経済圏より少ないことは確かです。余談ながら、日本は擬似社会主義国家です。官僚が法律を作り(国会はお飾りに過ぎません)、同時に、行政を担当します。官僚の不祥事は犯罪にはならないように法律が作ってあります。司法だけは独立でいて欲しいものですが、どうなのでしょうか。

ブッシュ大統領(めったに、まともなことを言わない人だという印象を持っていますが)が、「今回の金融危機・世界同時不況の一事でもって、自由経済がもたらした60年間の繁栄を無にしてはならない」と発言しています。自由経済の基本は法治ですから(その法律を作るのは自由選挙で選ばれた代表者です。これは最も肝心な点です)、かならず、抜け道を探る輩が出てきます。合法的に金儲けを考える連中です。多くの場合は、大騒ぎになる前に立法府が対応しそれを防ぐ法律を作りますが、遅れることもあります。今回のサブプライム騒ぎはその遅れた方の典型例でしょう。

「ともかく、創意工夫して儲けよう」、という意欲が経済を発展させます。「創意工夫して勤勉に働きなさい。その果実は国家官僚が食べさせてもらいます。君達は言われたとおりにすれば天下国家のためになるのです」、と言われてその通りをする人はよほどの馬鹿でしょう。「法律に触れない限り、自由に活動し、果実は自分でとってよろしい」というルールがあるから、創意工夫が行われ徹夜してでも働く人が出てきます。早朝から起きて、パンを焼いたり豆腐を作ったりする人が存在するわけです。

自由経済の良いところは、どのような逆境下でも、そこで創意工夫して儲けようという人が出てきますから、今回の不況もいずれ克服されます。この点に間違いはありません。それが社会主義経済と異なる点です。

今回も、抜け穴を塞ぎ、真の意味での公正な競争を阻害する要素を取り除き、再び、経済が機能するように、なんらかの規制が必要です。しかし、過剰な規制は創意工夫を排除し、国を滅ぼすことになるということを忘れてはいけません。「社会主義体制ならうまく行く」とは決して思わないことです。

この世の中から悪い奴がいなくなることはありません。だから、全てを法律で規制するのだ、という考えは、人類から進歩を奪います。経済は常に変化していますから、現行の規制では対応できない新しい問題の種が生まれてきます。それが行き過ぎを招き不況を引き起こします。そこで対処するための規制を導入し、さらに経済が変化し新しい問題の種が起き、・・・という流れ、それが自由経済です。誠に嫌な仕組みですが、その方が一般の国民に豊かな生活をもたらすことが実証されています。「無責任なアメリカの責任だ。アメリカの馬鹿野郎」の大合唱です。しかし、平日のゴルフ場は満員です。居酒屋も同じです。食べるものがない、という心配をしたことがありますか。150円もするペットボトル飲料も良く売れるていようです。食べるものがなくて一日中腹をへらしていた時代から食べることは当然の前提として現状に不満を唱える時代をもたらしたのは間違いく自由経済体制です。今の贅沢が今後も保証されると思いながら、規制・規制と騒ぎ立てることだけは止めたいものです。規制の行き着く先は社会主義体制です。生活水準の凄まじい低下です。そこまでも行かなくても、官僚のみが特権を謳歌する体制が待っています。もちろん、犠牲になるのは一般庶民です。規制・規制の大合唱を一番喜んで聞いているのは官僚です。

(2008.11.22)

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2008年11月21日 (金)

郵政民営化見直し? その2

昨日、郵政株式売却の一時停止、という麻生発言に危険なものがあると書きましたが、郵政民営化に限らず、すべての事業は国営であるべきか民営であるべきか、つまり、自由経済か社会主義経済か、という問題が原点にあります。耳に心地よいのは社会主義です。ただ、現実にやってみると全く機能しないのが社会主義で50年以上の長きに渡り、ソ連東欧のみならず共産主義圏に生活する人々は悲惨な生活を強いられてきました。何が正しいかは市場が決めるのではなく、権力が決めるわけですから、権力者への牽制機能は当然ゼロであり、圧制と腐敗が横行します。大多数の国民は働く意欲をなくしますが、そうなれば国家は衰退の道へと一直線です。これは歴史が証明していますし、現在でも北朝鮮を見れば分かるでしょう。中国では党幹部や警察・司法等による腐敗が蔓延し手が付けられなくなってきています。

郵政の民営化が断行された大きな背景は社会主義経済をやめなければならない、という点にあります。「いやいや、郵政のみは社会主義でやって、残りは自由経済でやれば良い」という考え方も当然あります。現実に社会主義をやってきた結果、我々は高い郵便料金(国際的には非常に高いのです)と悪いサービスを当然のこととして受け入れさされていました。ゆうパックもヤマト運輸が存在しなければ存在していないわけで、いまだに、郵便局に荷物を持って行って長蛇の列に並ばされて高い料金を取られていたでしょう。ゴルフやスキーに行くためには、重たい道具を駅まで抱えて歩いていたでしょう。現在でも、ヤマト運輸は厚さ2cmまでであれば、書籍を80円で配達してくれますが、郵便でやれば数百円です。もちろん、通常の郵便でもそれはできるのでしょうが、法律で禁じられています。

国営のままにして、民間にも自由な参入を保証して競争させて、郵便局が勝てばそれで良いのですが、それは無理でしょう。社会保険庁に限らず役人(郵便局員は役人ではないですが、独占を許されている点では同じです)だけは違うとはこれまでの経緯を見る限り考えられません。その浪費ぶりと非効率さは想像を絶しています。赤字になると誰が負担するのでしょうか。我々の税金しかあり得ないのです(郵便の場合は、料金の値上げと悪いサービスに跳ね返ります。かつての国鉄の運賃値上げと同じです)。すべての国営(官営)事業はそうです。ただ、「郵便事業だけは、我々がコストを負担してあげようではないか」という意見ももちろん自由です。

「国がやれば安心」という声もあるでしょう。本当にそう思いますか。社会保険庁やその他官庁の不祥事を見て、そう思いますか。そろそろ役所頼みを止めましょう。どんなに浪費をしても赤字であっても不祥事があっても潰れないし給料が保証される組織に経済的行為を任せてはいけないのです。そして、本当に国にしかできないこと、つまり、警察や国防等に金を廻して、全体としての国民負担率を下げることを考えるべきではないでしょうか。

電電公社、専売公社、国鉄等が民営化され、移行当初は若干の問題はありましたが、今や、大いに効率化され便利になり、税金も支払い、国民生活に寄与しています。「郵便だけはそれができない」と本当に思いますか。もちろん、そう思っても構いません。それが自由社会の良いところです。

なお、これは突き詰めると「神学論争」ですから、この件に関するブログはこれで終わりにします。

「国鉄改革の真実」葛西敬之著 中央公論社を薦めます。国家独占事業の内幕が良く分かります。現在、日経新聞に連載中の松田昌士氏の「私の履歴書」も同じです。

(2008.11.21)

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2008年11月20日 (木)

郵政株式売却中止 冗談でしょう

麻生首相が郵政民営化のための国有株式の売却を一時的に取り止める、と発言したようです。本当に一時的ならよいのですが、麻生さんの言動を見ていると、民営化を止め元の木阿弥にするための第一歩と思えてなりません。日本が1990年ごろから完全に停滞してしまった最大の理由は既得権益をいつまでも食わせ続けるほどの余力が日本の民間企業に、換言すれば、殆どの我々日本人に、無くなった、ということです。高い郵便料金と悪いサービスを我々に押し付け、その代償として、いわゆる郵政族と言われる族議員と郵便局局長達は宴を楽しんできたわけです。その構図は、官僚の天下りと違いはありません。誰かが、努力も無しに宴を楽しむためには、誰かが犠牲になる他はありません。もちろん、犠牲者は庶民です。

それをどうしても復活させたいというのが麻生さんの真意ではないでしょうか。明らかに票欲しさの行動です。絶対に騙されてはいけないのは我々庶民です。誰かが良い思いをするということは、その金を誰かが支払っているということです。不思議なことに、世論となるとその庶民と思われる人々(つまり、犠牲者)が率先して、引き続き犠牲者であり続けることに賛成するのみならず、「そうではないはずだ」と主張する人たちを非難する方に廻ります。少し、目を見開いて騙されないようにしたいものです。

なお、麻生さんが本気で「株価が低迷しているときに株式の売出しをするべきではない」とそれのみを考えて発言しているとしても、間違いです。株価が低迷しているということは(その場合には少し待てば上昇するという前提がありますが、どうなるかは神のみぞ知る、です)、郵政の株式を安く売り出すことができるということです。つまり、政府への入金は少なくなりますが、その分国民に安く郵政株式を売却することができます。それでなくても、日本では自由経済体制を取っていながら、国民の株式保有比率は小さくなっています。今だからこそ、安く売り出してできるだけ多くの国民に株主になってもらい、郵政民営化会社への牽制機能を果たしてもらうことを考えるべきではないでしょうか。国庫に多くの金が入るということは国民が余計な金を払うということを意味しているのであり、必ずしも、良いわけではありません。英国でサッチャーさんがBT(英国の電電公社)を民営化したときに、かなりの割安な値段でわざわざ売り出しました。国民に財産を築いて欲しいと考えたからです。英国が国民一人当たりのGDP(国内総生産)で日本を抜いたのも(なんと、抜かれてしまったのです)、自由経済を国民に根付かせようとする政策が功を奏したからでしょう。

麻生さん、この程度のことは考えてはどうでしょうか。また、郵政民営化は自民党に大勝をもたらした国民の意思であることをお忘れなく。

(2008.11.20)

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2008年11月19日 (水)

ローマのボルゲーゼ美術館 素敵です

時事妄言を離れて少しは文化的な話です。

9月始めに欧州に旅行に行き、ローマにも行きました。何度か行ったことがあるのですが、今回はボルゲーゼ美術館を是非見たいと思っていました。ネットで予約をしようとすると金はカードで先払いでキャンセルは不可、とややこしいことを言うので、予約なしで行きました。心配でしたが、ホテルで頼んでみると翌朝の予約を取ってくれました。予約が必要な理由は小さな美術館なので、ゆっくり鑑賞するためだということが分かりました。

展示品ですが、素晴らしいです。西洋の多くの美術館がキリスト教に関連する絵画が多いのですが、ここはギリシャ神話に題材をとった作品が多くありますので、あまり抹香くさくありません。20程度の小さな部屋に分かれて展示されており、天井はほぼ全てギリシャ神話に関する絵が描かれています。一つ一つの部屋の装飾も見事です。彫刻では何と言ってもベルニーニの作品でしょう。アポロンとダフネ、ハデスとペルセポネの彫刻は圧巻です。行く前にギリシャ神話の本を少し読んでおくことをお薦めします。読みやすいのは「私のギリシャ神話」(阿刀田高、集英社文庫)でしょう。

ローマに行くとヴァティカン美術館は当然のコースでしょうが、ボルゲーゼをお忘れなく。地下鉄のスペイン広場駅から歩いて15分程度でしょうか。小生はタクシーで行って帰りは歩きました。

(2008.11.19)

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2008年11月17日 (月)

麻生内閣支持率30%割れ

今日のニュースで麻生内閣の支持率が30%を割り福田さんの退任時以下であると報じていました。悲しいですね。少なくとも自民党支持者は、この難局で麻生さんの人気と、おそらく、もって生まれて持っているであろう指導力に期待していました。金融サミット後の記者会見で「今回の会議は歴史に残る」と述べておられましたが、国民は額面どおりには受取っていないようです。それというのも前にも書いたように定額給付問題での指導力のなさが頭に残っているからでしょう。世界恐慌になるのではないか、という100年に一度の重大事件と国民に数万円をばら撒くという人気取り政治とは異次元の問題ですが、「一事が万事」で国民は麻生さんの正体を見抜いたのでしょうか。ここは国民の早とちりであったことを祈るのみですが、これまでの麻生さんの発言と行動を見ていると、早とちりではないのかもしれないと思わざるを得ないのはつらいことです。

しかし、トップとはつらいものですね。そのつらさを楽しみに変える能力を持っている人のみがトップになるべきでしょうが、やってみなければ分からない側面もあり、あらかじめ決めることもできません。

小泉さんを見習って欲しいのは、国民はリーダーシップを求めているのであり、右顧左眄、優柔不断のリーダーを求めているのではない、ということです。「郵政民営化に参議院が反対したから衆議院を解散する」、というような決断力を求めています。

評論とは気楽なもので解決策を考える必要がありません。うっかり、そんなことに言及し間違えていれば評論家生命の終わりです。その点ではブログは気楽です。

ではどうしたら良いのでしょうか? 小生は未だに小沢民主党に日本を任せれば、今よりも酷い状況になると思っていますが、小沢党首ではない民主党に任せれば様相は違うとも思っています。

自民党と民主党の同じ考え方の人たちが国難を救うという観点から一致団結するべきときではないのでしょうか。官僚の利権拡大を擁護し、政官財の癒着の構造の中にどっぷりと浸かっている族議員を排除し、本当に国民のためになる政治を志す人たちに党派を超えた団結を期待しています。

そのような大合同があり得ないのであれば、自民党は、小池百合子さんあたりを担いで清新でやってくれそうな印象を国民に与えない限り、このままでは政権交代は必死でしょう。しかし、小沢政権? 冗談でしょう。そう思いませんか? 

国難にあたり、党利党略を超えて「天下国家」の観点から、自分を捨てて道を開こうとしている議員の方々がいないわけではないと思います。大いに期待しています。「国破れて、山河」のみ残っても仕方ありません。救国政党の結成に期待します。

(2008.11.17)

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2008年11月16日 (日)

田母神論文 その5

今日も1日中テレビは田母神論文問題をやっていました。この騒ぎで思うのは、日本にはあまりにも「自分のみが正しい」と考えている連中が多いということです。自分のみが正しいと考える結果は独裁に直結します。「自分のみが正しい」とは反対意見を認めないということですから、民主主義とは正反対に位置しており、北朝鮮はもとより中国を見ても分かるように反対意見を開示すれば国家反逆罪に問われます(問われかねない、のではなく、間違いなく、問われます)。正義とは相対的なものです。絶対的な正義は独裁国家にしか存在しません。そうであるにも係わらず、自分が絶対的に正義だと考える輩が多すぎます。彼らが幅を利かせば利かすほど国家(当然、日本も同じ)は滅亡に向かいます。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎し」と言わんばかりの偏向キャスターや評論家と称する左翼の方々が言いたい放題でした。それに対して冷静に何が間違えていているのか、あるいは、彼の論文は全て間違えているのか、どこか聞くべきところがあるのか、そういった点を考え直してはどうか、というまっとうな意見もありましたが、多くの場合、キャスターが左翼偏向(彼ら、それが格好良いと考えています)ですから、どうにか自分の意見にこの場の議論を持って行きたいというキャスターにあるまじき動きが目に付きました。

北朝鮮に拉致された方々は未だに帰ってこず、中国やロシアの潜水艦等は日本近海のみならず日本領海を荒らしまわり、同じ民主主義国だと思っていた韓国は竹島を実効的に(つまり、武力で)支配し、対馬に大挙して進出してきています(かなり前ですが、李承晩大統領が対馬は韓国領だと発言しています)。そういう時代に、国防を考えてみようではないか、という当たり前の常識を持った言論人は超少数派なのでしょうか。悲しむべき状況です。政府も、ただただ、波風の立たないようにと、姿勢だけか、あるいは、本気かは別として「国を守る」と言う断固たる決意のもとに動いているようには思えません。浜田大臣くらいはここで男を上げる絶好の機会でしたが、期待外れでした。ハマコーの息子なら、こういうときくらいは筋を通して欲しかったと思います。男をあげる絶好の機会を逃したようです。大臣の椅子にしがみつきたいのでしょうか。

村山談話を歴史的に分析し、彼は何を言いたかったのか、それはどういう事実に基づいているなのか、一方、彼は何を見過ごしているのか、等々を徹底的に議論すべきときではないでしょうか。国会で「侵略とはどういう意味か」と質問され「固まった定義はない」と答弁した村山さんはなぜ「侵略」という言葉を談話に入れたのでしょうか。「ミソ」と「クソ」をしっかり分けて検討すべきときでしょう。もちろん、歴史認識とは結局は主観的なものですから、一つの結論は出ないでしょうが、いろいろな事実が明らかにされれば国民の理解度も高まるでしょう。

田母神論文でも指摘されているように、当時の歴史的事実に対して、自虐史観とはことなる事実が海外からもたらされています。「日本国民は本当にダメな国民である。これからも永遠に反省し続けようではないか。その結果、日本が侵略されてもそれは仕方ないことだ」と言わんばかりのマスコミ言論の洪水を黙って聞いていて良いのでしょうか。この国は独立を維持する気概を持っているのでしょうか。2世代も前に起きた出来事に対して永遠に日本国民は反省し続けなければならないのであれば、はるか前の元寇に対して中国の責任を追及し、それの片棒を担いだ朝鮮の責任も追及すれば良いのではないでしょうか。さすがに「それほど古い話はいかがなものか」という声が上がると思いますが、長い人類の歴史を考えればつい先日の出来事です。

どこかで未来志向に入り、この激動の時代に日本国民に本当に独立と平和を保証する方策を検討したいものです。自虐史観が国を救い侵略(日本から他国への侵略ではなく、他国による日本への侵略)を防止すると考えるのであれば、いつかこの国はどこかの属国に成り果てるでしょう。自衛のための軍隊を持たないで自国防衛を果たした例は歴史上存在しないでしょう。スイスは国民皆兵です。それがナチスドイツの侵略を防ぎました。それ以外の周辺国はすべて武力で蹂躙されたことは歴史的事実が示しています。当時のフランスも同じです。「ドイツを警戒し対抗できる武力を備える」べきとの当時の良識派(少数派でした)の意見を無視した結果でした。

(2008.11.16)

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新銀行東京の責任問題

新銀行東京の経営はとても「経営」と呼べるような内容のものではなかったことが、次第に明らかになってきています。当然、「言いだしっぺ」である都知事に非難が集中することは当然です。まともに経済が分かっている人間なら、銀行や信金・信組が金を貸さないような信用状況の中小企業に金を貸すというビジネスモデルが成立するはずがないことが一瞬で分かります。彼ら金融業者は金を貸すことが商売でそれで利益を挙げていますから、どうにかして貸したいにも係わらず、貸すと返してもらえなくなり、株主のみならず預金者に迷惑が及ぶ危険性が高いから貸さないわけです。そういう相手先に率先して金を貸すモデルが機能するはずはありません。その上、銀行業の経験がないトップ(この人の人選には義理や人情は絡んでいないのでしょうか)を持ってきて杜撰な審査(のみならず、不正な審査も)で金を貸せば結果は見えています。

さて、誰に責任があるのか、ということですが、都知事に最大の責任があることは間違いないでしょう。「俺は銀行業まで知っているわけはないのであるから、設立した後は経営者の問題」との発言がありました。もっともらしく聞こえますが、経営者を選んだのは自分ですから、これは天にツバをするのと同じです。

もちろん、経営者に責任があることは間違いないでしょう。リスク管理体制も内部統制体制も全くできていなかったようですから。結局、税金で損失の尻拭いをする都民の怒りは当然でしょう。都民は実質上の株主です。

都知事の次の責任者は、そして、おそらく法的な第一の責任者は経営者でしょう。経営者とは執行に当った経営者のみならず取締役全員です。ここが肝心です。日本では、経営の責任を追及するときに、執行に当った経営者のみが糾弾されることが多いのですが、取締役会の了解を得ずしての独断専行は不可能であり(もしそうしていたのであれば、それは犯罪です)、このような杜撰な経営体制を作ることを支持した取締役が共同で責任を負うべきでしょう。実際に経営に責任がある当初の取締役の方々はさっさと辞任して入れ替わっているのではないか、と思いますが、この問題の原因を作った設立時の取締役の責任を明確にしない限り、このような問題は何度でも繰返されるでしょう。執行取締役を取り締まる役割(管理監督)を法的に取締役会が負っています。コーポレート・ガバナンスとはこのことを言います。

オンブズマン等も「憎き都知事」とばかりに動いていますが、矛先を絞りすぎているように思います。株式会社の経営に責任を負っているのは取締役全員です。

それにしても経済と金融には決して詳しくはないと思われる都知事がある日、突然、自分で思いついたこととも考えられませんが、都知事に銀行設立を吹き込んだのは誰なのでしょうか。元銀行員ではないことは確かでしょう。

(2008.11.16)

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2008年11月13日 (木)

円高なのにパンやうどん価格は高止まり

円高のお陰でガソリンの値段が下がってきました。130円台になりつつあるようです。一方、小麦の値段は高止まりで一向に下がる気配はありません。小麦価格のメカニズムをご存知ですか。どこが違うかと言えば、石油は完全に民間会社が輸入していますが、小麦は全量が政府の規制下にある点です。

小麦は輸入量全量が政府に売り渡されます(要するに政府の独占です)。そして、約250%の関税が掛けられ国内の製粉業者等に売り渡されます。なんと、共産主義国家もびっくりの社会主義体制です。しかも、関税が250%であるということは輸入価格の約4倍の小麦を我々は食べていることになります。「そんなバカな」と思いませんか。バカな話なのです。理由は国内小麦農家の保護です。小麦の自給率は12%程度ですから、必要量の12%しか供給できない小麦農家を保護するために、このような政策が行われているということになります。換言すると、小麦農家を他の多くの農家と同様に国際競争にさらすと、小麦価格は一気に下落するということです(もちろん、現実にはそのようなことが起きる気配すらありませんし、また、やるとすれば数年掛けて小麦農家に対応する時間を与える必要があるでしょう)。海外に出て一度スーパーでパンを買ってみてください。その安さに驚きます。

食糧安保は必要だから仕方ない、と思われる方はこれ以上読んでも意味ありません。88%が輸入の小麦をそれほどに保護する意味はどこにあるのでしょうか。中小製造業の皆さん、皆さんが製造している製品にはなぜ国家の保護はないのでしょうか。現実に、食糧自給率が40%しかない我が国に残る60%の食糧を輸入するための外貨を稼いでいる源には中小製造業の力が大きな役割を占めています。しかし、皆さんは完全な自由競争にさらされ、中国やベトナムの低賃金労働による打撃等からの保護を受けた覚えはないはずです。

しかし、我々は小麦農家を強制的に保護させられています。また、今年前半の価格高騰時に「輸入価格が高騰したのであるから止むを得ない」との食糧庁の説明に納得させられて高い価格を受け入れています。関税を下げれば小麦価格は維持できたはずです。今頃になって、馬鹿げた定額給付金のようなばら撒きをするよりも遥かに国民生活に貢献するはずです。またまた、マスコミ批判で恐縮ですが、マスコミも「関税を下げれば良いではないか」と報道した例は全くありません。

マスコミがバカで農水省の官僚の方が一枚上手であったと言ってしまえばそれまでですが、どうも何かおかしいですね。釈然としないですね。

なお、言うまでもなく、農水省の役人はこの規制で何人かの天下り先を確保しています。高いうどんと高いパンの裏にはこういう事情もあります。

米の関税は約800%です。凄いですね。この話は追ってまた。

(2008.11.13)

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2008年11月12日 (水)

もう自民党には期待はできないのでしょうか?

国家・国民の利害よりも党略を優先する小沢さんが党首を務める民主党にとても政権を任すわけには行かないと思っていましたが、麻生さんの動きを見ていると、これでは民主党が政権を取るのではないか、と思えてきました。

その理由は一つは言うまでもなく「定額給付金問題」です。本件への論評は不要でしょう。おそらく、この1,2週間の動きを見て、「さすが麻生さん。一国のリーダーらしく、良くやっている」と思った人がいたとすると奇跡でしょう。麻生さんは、就任以来、そう言えばパーフォーマンス以外は何もしていないのではないか、と思えてきます。

小泉さん以来の自民党内閣は、ともあれ、既得権益にメスをいれ、国民のための政治をしようという態度を取り、具体的に政策を実現してきました。小泉さんの郵政改革から始まり(郵政改革は、官僚支配と既得権益が幅を利かす日本流社会主義の呪縛から日本を救う画期的な改革でしたが、竹中さんがやった金融の建て直しも立派でした)、安倍さんの教育改革と公務員改革。安倍さんは志半ばで辞任してしまい、後任の福田さんにはやや後退しかねない気配が見えましたが、ともあれ、公務員改革を潰さないで前進させようという気配はありました。麻生さんは秋葉原でのパーフォーマンスはありますが、本気で政治をする気があるのかどうか、心配になってきました。小泉さんの人気をみれば分かるように国民が求めているのはリーダーシップです。右顧左眄するリーダーではありません。民主党の鳩山さんが給付金問題を「二転三転し、四転五転し、六転し、七転八倒」と揶揄していましたが、うまく言ったものです。この人も小沢2世的な発言が多く好きではないのですが、今回は誉めておきます。

麻生さんの動きを見ていると、「次回選挙には絶対に負けるのだ」と心に決めて、国民をその方向に決心させるために、つまり、それでも自民党支持の人たちを民主党支持に変えさせるべく行動しているのか、と皮肉な見方をしてみたくなります。小生は「民主党に政権が担えるとは思わないが、それでも一度、民主党にやらせてみても良いのではないか」という声に対し常に異を唱えてきましたが、今回の給付金騒ぎで大きく世論が政権交代の方向に傾いたと思います。

本当にこの国の行く末が心配です。小沢さんで国がよくなるとはとても思えません。自民党にも民主党にも社会主義者ではない議員が多くいます。皆さん、結束してまとまってもらえませんか。それが日本を救う唯一の道だと思う次第です。

(2008.11.12)

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2008年11月11日 (火)

田母神論文 その4

今日、田母神さんが国会に参考人として呼ばれた内容がテレビ・新聞で報道されていますが、論旨は明快で、国を守る立場にある方が本当に国の行く末を心配しての発言であることが良く理解できました。

それに対して、テレビのキャスター達の発言を聞いていると、この国の国民は「哀れな乱暴者で、どうしようもない無頼漢であったし、今もそうである」ので、ひたすら反省すべきである、いっそのこと、どこかの国が(もちろん、米国ではなく共産主義国が)侵略してくれれば最高にうれしい、と言わんばかりの発言をしています。まさに、「郵便ポストが赤いのも皆私が悪いのよ」と日本国民は考えるべきだと言いたいようです。村山談話という卑屈な内容の発言こそが世界を平和に導くものであり、日本人はタダひたすら謝り続ければ世界に貢献できるのだ、と信じていますから、手の施しようがありません。

なにしろ、この辺りの年齢の人は日教組教育が最高に激しかったころに幼年期や少年期を過ごしており、頭の中に「社会主義こそ最高の社会システムであり、それを実際に取り入れている国こそ、われらの手本とすべきである。それらの国が日本を非難しているのは当然正当な非難であり、我々の対応は謝罪以外にはない」という日教組の基本思想がが心の底に刷り込まれていますから、つまり、理屈ではなく宗教に近いわけで、どうしようもないことも事実です。しかし、困ったものです。

しかし、どうも世論の受取り方は、このような左翼ジャーナリストの期待とは反しているようです。結構冷静に判断しているようで、安心しています。国家の安全が「自虐と謝罪」で買える、という幼稚な考えに同意する幼稚な人は意外にすくないということです。

国家の安全は「力」のみが保証します。残念ながらそれが人類数千年の歴史が我々に教えてくれる教訓です。無頼漢に正論を述べて説教した結果として、彼の感情を害して、一発パンチを食らうかナイフで刺されてお陀仏、ということがあり得ます。皆さんは、暴力に対処できるだけの防御力を付けるよう努力する方を選びますか、それとも、あの世に行って天国から「無頼漢はけしからん。絶対の俺の方が世界平和に貢献している」と叫び続ける方を選びますか。なお、無頼漢にぶん殴られる自分を周りで見ていた人たちは、ぶん殴られた後になってから、「あの無頼漢はけしからん」という声をもしかすると上げてくれる可能性はありますが、自分があの世に行った後であることは間違いありません。

(2008.11.11)

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2008年11月 8日 (土)

麻生さん、しっかりして下さい。

景気対策か、生活対策かという点すらはっきりしない定額給付問題ですが、テレビで全国民を前に全所帯に配ると言っておきながら、与謝野さんが「金持ちには配らなくて良い」と発言すると、麻生さんは途端に腰砕けになってしまいました。自分が発言した内容と異なることを主張する閣僚を罷免するのであれば毅然としていますが、いつの間にか自分の意見を修正してしまうとは、首相の内閣掌握力のなさを実感させます。首相というのはそんなに弱いものでしょうか。これでは内閣支持率は上がらないでしょう。

自民党のかなりの議員は社会主義者だと前々から思っていましたが(そうでない考えの方の殆ど現政権からは遠ざけれられています)、一番税金を払っている人たち(社会に最も貢献している人たち)を目の敵にして、その人たちの税金をあちらこちらにばら撒いておいて、今回は元々が戻し現在のはずでしたので全所帯に配るという話が鶴の一声(与謝野さんの一声)で変わってしまうとは、やはり、社会主義者が支配する内閣なのでしょうか。余談ながら、小生はどう年収を区切ってみても貰える方に入っています。

公務員制度改革も骨抜きになりそうで、ここでも元官僚(「過去官僚」というそうです)議員の暗躍が目に付きます。与謝野さんはその代表格でしょう。官僚に美味しい天下りの席を用意し、一生贅沢暮らせるだけの金を手にするために、数十兆円の税金を天下り先にばら撒く仕組みをどうにか継続させたいと考える人が現内閣に多すぎます。官僚は70歳になるまで何度でも天下りが実態的に保証されています。有能な官僚が集まらなくなる、という反対意見が良く聞かれますが、「自分達の権益を確保することに有能な人」は不要です。

麻生さん、足腰はありますか? 今の日本の最大の問題点は経済問題でしょうが、その原因の根本に官僚の跋扈があり、彼らの安楽な生活を確保するために、税金が無駄に使われ、企業の活力が奪われていること、企業の活力が奪われれば、そこで働く庶民の活力が奪われることを直視して下さい。経済問題の原点はここにあります。それが分かれば、自分の寄って立つ視点が分かるはずです。それを地道に実行すればほんの短期間で支持率は回復します。しっかりして下さい。

麻生さん、夜な夜なホテルのバーに出かけることをなぜ辞めたのですか。あなたは日本国首相であり、庶民ではありません。庶民では困るのです。世界の首脳を相手に丁々発止と日本の国益を主張してもらう必要があります。数千万円の年収をまんまとポケットに入れる天下りの「過去官僚」達を退治し、日本を復活させる役割があります。バカなマスコミのバカ報道に惑うことなく、首相の重責を果たすに必要だと思うことは、せめて好きなバーに行くぐらいは、自由にやって下さい。マスコミ言われただけで、行かなくなったことに自主性のなさを感じる国民の方が多いのではないでしょうか。

(2008.11.8)

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2008年11月 6日 (木)

田母神論文 その3

田母神論文は内容においては正しいのではないか、ということを言ってきたわけですが、マスコミの論調は正反対で、どうも小生の座標軸はずれているのかと心配していましたが、今日の産経新聞に東京大学名誉教授の小堀桂一郎さんが、「見事な一篇」である、との「正論」を書いています。そのなかで、現代史の講義を行うときの教科書にもなりえるとも書いています。当然「村山談話は破棄すべし」との意見です。

同じ思いの皆さん、マスコミ流の視点からは少数意見かもしれませんが、小生の素朴な疑問は正しい疑問であり、それに賛同される皆さんもまっとうな判断力を持っているのだと自信を持ってよいのではないでしょうか。もしかすると、本当は多数意見かもしれません。

(2008.11.6)

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2008年11月 4日 (火)

「日本は侵略国家であったのか」その2

昨日の小生のブログに「同感」という主旨の意見をいただきました。田母神さんが悪者であるかのごときマスコミの論調はやはりおかしいのではないでしょうか。

自虐史観におさらばして、冷静に歴史を振り返ってみる必要があります。彼の論文に書かれていることは殆ど全て事実でしょうし、彼が意見として言っている点には大いに共感するものがあります。米ソ冷戦のハザマでアメリカの核に守られ維持された平和を、空気や水と同様に当然のものかのように感じていることは恐いことです。中国軍はものすごい勢いで軍拡を進めています。ロシアについては言うまでもないでしょう。中国の仮想敵国は米国以外には筆頭は日本のはずです。誰の技術を使ったかはともかくとして有人衛星まで打ち上げました。これは当然軍事技術です。そして中国は一貫して拡張主義を取っています。「元々は日本は中国に朝貢していた属国である」なんてことを本当に言い出さないのでしょうか。米国軍がいなければ、攻撃されれば確実に数日で中国軍に占領されるでしょう。そして彼らは攻撃することを念頭に軍備を拡張しています。「隣人の嫌がることはやらない」なんて露ほどにも思っていません。

日本がおかれた状況を冷静に分析し、国を守るためには(換言すれば、我々の生活を守るためには)なにをすべきなのか、ということを国会でも議論して欲しいものです。そのときにこの論文は大いに役に立つはずです。民主党はこの論文を攻撃材料として政府を追求しようというような発想のようですが、小沢さんは国を守る気はあるのでしょうか。今、民主党がやるべきは、「政府はこの論文に学んで、村山談話や河野談話等を修正し、国を正しい方向に向けなおすべきだ」という点からの政府攻撃ではないでしょうか。

なお、歴史とは難しいもので、後から見ると物の両面をいかに見るかという問題が付きまといます。自虐史家はひとつの事実から自虐的な面のみを取り上げ、それが歴史だと主張します。自分の史観に反する事実は無視します。このように自分の論点に都合がよい点ばかりを取り上げれば、歴史はいかようにでも作ることができます。田母神さんの論文にもそのような点があるのではないか、と思いますが、今まで公式に主張することすら憚られた側面を分かり易く示してくれていることは事実であり、これから前向きな意味で議論が盛んになるならば、きっと日本の将来に資するでしょう。ただし、時間はあまりなさそうです。

田母神さんは定年退職扱いということになったようです。今度は心置きなく発言できるでしょうから、活躍を祈ります。

余分ながら、渡辺利夫「新脱亜論」(文春文庫)はお薦めです。同じ視点とは言いませんが、左翼史観とは全く異なる観点から、日本の将来を論じています。

もう一つ。田母神さんの論文で引用されている「マオ」(ユン・チアン、講談社)は一読の価値があります。毛沢東の、したがって、狂信者の行動のすさまじさが如実に書かれています。良く「話半分にしても」という言い方をしますが、「話100分の1にしても」すさまじい内容です。日本は本当に共産主義化しないで良かったと心から感じさせますと共に毛沢東を信奉する共産中国の恐ろしさが分かります。

(2008.11.4)

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2008年11月 3日 (月)

航空幕僚長の論文:歴史は歪曲されたのか?

航空幕僚長という、言うなれば空軍のトップが論文を書いた咎で罷免されました。内容が政府見解と異なるから、というのが大臣の説明でしたが、確かに、立場を考えれば軽率のそしりを逃れないでしょう。

ただ、そのことと論文の中身とは別物です。日本の戦後史はいわゆる左翼歴史家の唯物史観と偏見により歪められていることは事実ではないでしょうか。よく自虐的歴史観と呼ばれますが、「なにはともあれ、僕チャンが悪いのよ。隣国は全て正しいのよ」ということで戦後から今日まで来ました。随分、隣国に酷いことを言われても、時にはひどく侮辱されてもただただ堅忍自重の日本国でした。随分前ですが、確か長崎で中国国旗を焼いた人がいて強烈に抗議され日本政府は平謝りに謝ったことがありましたが、中国国内で日本国旗を焼かれたテレビ画像には何度もお目にかかりましたが、日本政府が抗議した様子もなければ謝ってもらったこともありません。「郵便ポストが赤いのも、みんな私が悪いのよ」という態度のみです。

そこにこの論文が発表され、近代史における日本の戦争がすべて日本による侵略戦争なのか、と疑問を投げかけたわけです。彼が事実として列挙したことは嘘なのでしょうか?全てとは言えないにしても大部分は正しいのではないでしょうか。これを機会にそういう観点から、我々日本人の近代史を見直してみるには絶好の機会ではないでしょうか。

テレビを見ると左寄りこそ正義だと信じているバカコメンテーターが、言いたい放題ですが、サイレントマジョリティーが声をあげて、本当の歴史はどうであったのかということを検討させる方向に持って行きたいものです。

その意味では、元航空幕僚長の現時点での自重とこれからの活躍に期待しています。

(2008.11.3)

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2008年11月 1日 (土)

服装や態度を入学基準することは必要でしょう。

高校で受験生の面接において、服装や身なりや態度を合格基準にしていたとの報道で当の校長先生が更迭されてしまいましたが、釈然としません。荒れに荒れた学校がこの校長先生が来てからまともな学校に変わったそうです。校内で処分反対の運動がおきており、校長先生を擁護する投書が多いそうですが、日本人の良識は健在なりとホッとしています。

入学後に学校を荒廃させる可能性のある学生を排除し、健全は学校運営を行いたいという校長の判断はまっとうなものであり、尊重されるべきではないでしょうか。学力試験の結果のみで人を判断するのではない、ということであり、正論を実行したに過ぎないと言えます。例によって日教組寄り、したがって、左翼寄りのマスコミや評論家の声のみが取り上げられていますが、普通の庶民はそうは考えないということです。高校に入った学生やその親がまともに勉強ができる環境を望むのは当然であり、一部の悪ガキの権利を擁護するために、それが否定されて良いはずがありません。

マスコミにとって校長先生は権力側という扱いでしょうから、権力に蹂躙された可愛そうな悪ガキと横暴な校長、という図式にしてしまいました。「少数派を擁護している我々は正義の味方である」といういつもの論法を取っていますが、声なき声が、今回のように本当に声をあげて当たり前の世の中を作っていく必要があると思います。

教育の現場が本当に崩壊しており、日本の将来が危ういのは事実です。これを助長するのみならず積極的に推進したのが、日教組と左翼マスコミならびに左翼評論家の先生方であることは間違いないでしょう。

(2008.11.1)

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0.05% をケチった日銀

どうやら日銀は利下げに踏み切りましたが、0.25%ではなく、0.2%でした。これについて、2つ言っておきたいと思います。

まず、市場は0.25%をおり込んでいましたので、失望感で株か売られてしまいました。4連騰の後とは言え、ニューヨークが上がった後を受けた市場ですので、どうにかがんばっていましたが、このニュースですべてパーでした。KYの典型的な例でしょう。KYと言われる方に100%共通なことは、かたくなな自分のみの価値観に縛られており、他を思いやる余裕を持っていないことです。なお、この件で付言すべき重大なことは、金利を下げたが資金供給量を増やさないというバカな行為だけはやらないで欲しい、ということです。金利を下げさせられた腹いせにやりかねないと思いますので念のためです。

2つ目の問題ですが、日銀というのは「インフレ退治」しか頭にありません。だからこの時代に「インフレ懸念を懸念する」というバカな思考回路から抜け切れないわけですが、それを助長するもう一つの要因が、日銀の独立性でしょう。今は法律により保障されていますが、「金融政策は俺が決める」という権利を振りかざしたいがばかりに、世間と反対方向に考えます。昨今は金利を上げる方向にのみ執着します。かつて、低金利を放置しバブルを招いた責任を感じていてくれるのであれば、それはそれでよいのですが、現在の日本経済をインフレと考えるのはやりすぎでしょう。原油が上がり、原材料が値上がりするのは、物価上昇であることは確かですが、いわゆるインフレではありません。金利政策で対応できる事項ではありません。

日銀にはもう少し素直に状況を判断して欲しいものです。

(2008.11.1)

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